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【世界の果ての謎】映画『ペンギン・ハイウェイ』のあらすじと感想・ネタバレ考察

さて、今回は映画『ペンギン・ハイウェイ』について書いていきます。

森見登美彦さんの青春SFファンタジー小説「ペンギン・ハイウェイ」を新鋭・石田祐康監督がアニメーション化した作品です。

「つまらない」や「意味が分からない」などの評判もちらほらと出ていますが、個人的には日本のアニメ界に新風を吹き込む最高傑作だと感じました。

この記事では、そんな映画『ペンギン・ハイウェイ』を徹底解説していきます!

パンダ
パンダ
最高傑作すぎるよ、絶対に観て欲しい!

映画『ペンギン・ハイウェイ』のあらすじ

世界の果てに通じている道はペンギン・ハイウェイである。

「ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。」

小学4年生のアオヤマ君はもう大人に負けないほどいろいろなことを知っている。毎日ノートにたくさんのことを記録し、この世界について日々学んでいるからだ。

そんなアオヤマ君が住む郊外の街に、なぜかペンギンが現れた。

「なぜあの空き地にペンギンがいたのか。そもそも彼らは本物のペンギンなのかどうか。そして、どこから来たのか。」

ひとつ、この事件を研究してみなくてはならない。

アオヤマ君は「ペンギン・ハイウェイ研究」と名付け研究を開始する。

さらに、アオヤマ君は歯科医院の「お姉さん」の研究も進めていた。お姉さんの姿を見ると、なぜかたいへんうれしくなるからだ。特にお姉さんのおっぱいは考えれば考えるほど不思議な気持ちになる。

ところが、ある日お姉さんがコーラの缶を放り投げてペンギンに変えて見せた。ぽかんとしているアオヤマ君にお姉さんは言う。

「この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか。」

さらに、アオヤマ君は同じクラスのハマモトさんから森の奥にあるという巨大な球体〈海〉の存在を知らされる。

ペンギンの謎・お姉さんの謎・〈海〉の謎。アオヤマ君の前には大きな謎が次々に立ちはだかる。

仮説を立てて少しずつ謎を解き明かしていくが、アオヤマ君はある切ない結末に辿り着いてしまう

映画『ペンギン・ハイウェイ』の声優・スタッフ

監督

監督は、石田祐康監督です。

2009年に発表した自主制作作品『フミコの告白』が第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞・オタワ国際アニメーションフェスティバル特別賞・第9回東京アニメアワード学生部門優秀賞などを受賞しています。

また、2011年に発表した卒業制作作品『rain town』も第15回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を受賞、2013年の劇場デビュー作品『陽なたのアオシグレ』は第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員会推薦作品に選出されました。

本作が劇場長編作品の監督デビューとなります。

声優(キャスト)

アオヤマ君北香那
お姉さん蒼井優
ハマモトさん潘めぐみ
ウチダ君釘宮理恵
スズキ君福井美樹
アオヤマ君のお父さん西島秀俊
ハマモトさんのお父さん竹中直人

主人公アオヤマ君の声を担当するのは、北香那さんです。

小学6年時から芸能活動を始め、ミュージカルや舞台、映画、TVドラマなど幅広く活躍しています。本作が初の声優出演となり、妹の授業参観に参加するなど小学生の声を研究して臨んだようです。

アオヤマ君の子どもっぽさがありつつ大人びているキャラクターに合う声だと感じました。

また、お姉さん役に蒼井優さん、アオヤマ君のお父さん役に西島秀俊さん、ハマモトさんのお父さん役に竹中直人さんが出演しています。

主題歌

主題歌は、宇多田ヒカルさんの『Good Night』です。

本曲は宇多田ヒカルさんが原作を読み本作に書き下ろした楽曲で、切ない結末と抜群にマッチするメロディーに仕上がっています。

脚本

脚本は、上田誠さんです。

劇団「ヨーロッパ企画」の代表で、全公演の脚本・演出を担当。外部の舞台や映画・ドラマの脚本、テレビ・ラジオの企画構成も手掛けています。

2010年に構成・脚本を担当したTVアニメ『四畳半神話大系』が第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞。同作と2017年の『夜は短し歩けよ乙女』に続いて、森見作品の映像化は3作目となります。

キャラクターデザイン

キャラクターデザインは、新井陽次郎さんです。

スタジオジブリで『借りぐらしのアリエッティ』や『コクリコ坂から』、『風立ちぬ』などにアニメーターとして参加し、2012年にスタジオコロリドに移りました。

映画『陽なたのアオシグレ』ではキャラクターデザイン・作画監督を担当。2015年の短編映画『台風のノルダ』で劇場作品初監督を務め、第19回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を受賞しました。

さらにTVCMの監督や児童書・小説のイラストも手掛けています。

音楽

音楽は、阿部海太郎さんです。

シェイクスピア作品をはじめ蜷川幸雄さん演出の劇音楽を数多く手掛け、舞台・映画・ドラマなどの音楽制作のほか、クリエイターの作品制作に幅広く音楽で携わっています。

また、『パリ・フィーユ・デュ・カルヴェール通り6番地』や『シネマシュカ、ちかちかシネマシュカ』、『Cahier de musique / 音楽手帖』などのアルバムを発表しています。

本作が劇場長編アニメーション作品への初参加となります。

映画『ペンギン・ハイウェイ』の感想

どんどん世界が広がっていく面白さ

本作は、幼少期の様々な感情が想起される青春ファンタジー映画でありながら、哲学的なSF映画の奥深さをがあり、世代によって違った味を楽しめる作品だと思います。

ペンギンという可愛らしい設定と、世界の果てという強大なテーマが上手く混ざり合い、老若男女が楽しめる作品になっています。

物語は部屋の片隅で取るノートから世界の果てまで続く、とてつもなく長いルートを辿っていきます。タイトルからは想像も出来ない世界の広がり方に、終始ワクワクが止まりません。

見る度に印象が変わる作品なので、定期的に見返したくなる作品です。

幼少期の感情が蘇る

ペンギンお姉さんなど理解不能な大きすぎる謎が次々に登場するため、まるで幼少期に戻ったかのような感覚を体験出来ます

幼い頃は知識も浅いので、すごく些細なことでも不思議に思うことが多いでしょう。

本作では、人知を超えた謎を提示することで、どんな人でも謎を追って探検、冒険したくなるような設計になっています。

私はアオヤマ君を通して、謎の自信を持ちながら、好奇心のままに行動していたあの頃を思い出しました。

本作を観ると、いつまでも少年心を持ち続けたいなと思わされます。

最高のアニメーションと音楽

何と言ってもアニメーションがとてつもなく綺麗です。

街に不思議さが溢れ出て、至る所全てがキラキラして見える幼少期ならではの世界が見事に表現されています。

また、石田裕康監督やスタジオコロリドは上下の使い方が抜群に上手いと感じました。

例えば、街の風景やアオヤマ君の抜歯シーン、海と草原のバランス、ペンギンパレードなどなど巧みに高低差を活かした表現を用いながら、物語を動かしていきます。

石田祐康監督は『フミコの告白』や『陽なたのアオシグレ』などでも、工夫された高低表現をされていて、どれも面白いです。

次の作品は、どんな表現を見せてくれるのか非常に楽しみです。

さらに、阿部海太郎さんによる魅惑的な音楽や宇多田ヒカルさんの主題歌『Good Night』が加わり、幻想的で好奇心が溢れ出る感覚に包まれます。

映画『ペンギン・ハイウェイ』は、ストーリー、アニメーション、音楽、キャストなど細部に至るまで素晴らしい最高の作品です。

きっと皆さんも、出会えて良かったと思える作品になるのではないでしょうか。

【ネタバレ】映画『ペンギン・ハイウェイ』の考察

世界の果ての意味

本作において、最も重要で物語の根幹となるテーマが「世界の果て」です。

「世界の果ては世界の内側に潜り込んでいる」や「本当に遠くまで行くと元居た場所に戻る」など印象的なフレーズもいくつか登場します。

しかし、こういったフレーズが難解で意味を理解し難いため、本作をつまらないと思ってしまう人も多いように感じました。

では、世界の果てとは一体何を表していたのでしょうか。

世界の果てとは、「自分の知らない全て」です。

世界について考えると、あらゆるものを含んだ空間的な世界と、個人の知覚する主観的な世界という二つの見方が出来ます。

空間的には同じ世界を生きていながらも、私達は一人ひとりの異なる世界を知覚して生きています。

世界をこのように捉えると、世界の果ては自分の知らない全てだと言えます。

他者の知覚する世界は自分の知覚する世界とは違うので、他者も自分にとっては世界の果てなのです。また、初めて気づく自分の感情や妄想なども、世界の果ての一種と言えるでしょう。

この考え方に基づくと、「世界の果ては世界の内側に潜り込んでいる」というフレーズは、空間的な世界に内包された無数の個人の世界を表現する言葉と受け取れますし、自分自身の中にも世界の果てが隠されていることを示す言葉とも受け取れます。

一方、「本当に遠くまで行くと元居た場所に戻る」というフレーズは、世界の果てが自分自身とリンクして自分の世界になったことを意味していると受け取れます。

エウレカはまさしく、様々な世界の果てに存在していた事象が自分の世界の中で繋がる瞬間です。

「世界の果て」とは、アオヤマ君が海に突入して見た世界の果てだけでなく、お姉さんやウチダ君、ハマモトさん、スズキ君なども指している言葉なのです。

そういった様々な世界の果てと出会い研究しながら、アオヤマ君は自分の世界であるノートの中身を増やして、成長していきます。

特にお姉さん研究を通して、世界の果てだった恋心という感情が芽生えていく様子は、微笑ましく印象的でした。

「世界の果てに通じている道は、ペンギン・ハイウェイである。」

ラストシーンで、アオヤマ君は世界の果てに向かって、再びペンギン・ハイウェイを歩み始めます。それはおそらく、色々な場所へと繋がる道です。

彼ならきっと、海という世界の果てにも辿り着き、人類を先導するファーストペンギンになるだろうと感じます。

お姉さんの正体

お姉さんも「世界の果て」であることは間違いないのですが、ウチダ君やハマモトさんとは明らかに違う役割で登場しています。

では、お姉さんとは一体何者なのでしょうか。

お姉さんは永遠の謎を象徴する存在です。

ペンギンエネルギーで生きていることや、様々な生物を創り出すことに加え、アオヤマ君にとってはどうしてこんなにも魅力的なのかといういくつもの謎を持った存在です。

そして、お姉さん自身も自分の謎を理解していません。

現時点で誰も解明出来ない謎の存在。言い換えれば、究極的な「世界の果て」の役割を担う人物だったと言えます。

そのため、お姉さんの正体については永遠に謎である以外に言いようがありません。むしろ言いようがないことに、お姉さんのキャラクターとしての意義があります。

ペンギン・ジャバウォック・コウモリの役割

海・ペンギン・お姉さんは全てペンギンエネルギーで繋がっていることが、アオヤマ君の研究により明らかになります。

お姉さんが生成するペンギンは、自身のエネルギー源である海を解体する矛盾した生物です。

そして、お姉さんは海が存在してはいけないことを勘付いていました。

このことから、ペンギンお姉さんの良心を示す存在だったと考えられます。

一方、ジャバウォックはペンギンを食う生物すなわちペンギンエネルギーを維持する生物です。

つまり、ジャバウォックお姉さんの未練を象徴する存在だと考えられます。

「私なりにこの世界に未練でもあったのかね」というお姉さんのセリフからも分かるように、お姉さん自身もジャバウォックの存在意義には薄々気づいています。

自分がどうなるか分からない恐怖はもちろん、アオヤマ君の将来を見たいというお姉さんの未練があったと考えられます。

また、コウモリは停電した海辺のカフェで登場する生物です。

コウモリが出る前に、お姉さんは「アオヤマ君、怖い?」と尋ねます。

このセリフはアオヤマ君に対しての言葉ですが、お姉さん自身も少し怖かったのではないかと思いました。実際、電気がついてコウモリを見るとひどく驚いています。

そのため、コウモリお姉さんの恐怖を表す存在だったと考えられます。

死の恐怖

本作ではに関わる場面がいくつか登場します。

特に、アオヤマ君の妹が「お母さんが死んじゃう」という言葉を発する場面は、一気に悲しみに包まれる、少しばかり異色のシーンでした。

誰もがある時に死という真理に出会います。

その瞬間に、恐怖と悲しみが迫ってくる感覚が、あのシーンで再現されていました。同時に、死と世界の関係性がここで明らかになりました。

とは、「世界の果て」ではなく「世界の終わり」です。

海やお姉さんなどの「世界の果て」に対する感情とは異なり、死に向き合うあの場面では不安や悲しみをアオヤマ君が感じていたように思います。

それは、死が「世界の果て」とは異なることを意味します。

人類は天国と地獄など様々な形で死後の世界を想像してきました。それは死を「世界の果て」の一つとすることで、不安や恐怖を軽減するためなのかもしれません。

それでもやはり、不安や恐怖をどうしても拭えないのは、死が「世界の終わり」だと誰もが心のどこかで気づいているからです。

あのシーンは、死をあえて描くことで「世界の果て」と「世界の終わり」を対比しています。

そうすることで、本作のメインテーマである「世界の果て」が明瞭に浮かび上がる効果があったと思いました。

身体的描写の役割

おっぱいや乳歯を抜かれるシーン、ハマモトさんのスズキ君へのビンタなど身体的描写がいくつか登場します。

あえて、このような生々しい描写をしたのは何故なのでしょうか。

これらの身体的描写は、世界の境界を示しています。

乳歯を抜いたりビンタをするという行為は、痛みを媒介に誰かの世界(自分にとっての世界の果て)に直接影響を与えることを表現していると感じました。

そうすると、身体は自分の世界と世界の果てを区分する境界であると考えられます。

乳歯を抜くシーンは、痛みを伴いながら成長するという本作全体の流れを示唆するような素敵なシーンで、世界の果てと直接触れ合うことで成長していくことを示しています。

一方、おっぱいに関して、アオヤマ君は自分に対する印象の違いを造形に着目して研究します。

それは、身体が他人を唯一自分の世界に取り込める境界であることを示していたのかもしれません。

自分が見られる、想像できる世界は相手の身体までです。心の中身を覗くことは出来ません。

ペンギンのメタモルフォーゼも、元々の物が外見から分からないという点で、世界の境界を強調しているように思います。

街からはお姉さんが居なくなり、お姉さんの世界がどうなったかは分からない。しかし、アオヤマ君の世界においては、お姉さんが存在し続けている。

プロジェクトアマゾンで、川に果てが無いことを発見したように、自分の世界が無くなるまでは、ぐるぐるとアオヤマ君の脳内をお姉さんが生き続けると思います。

科学と哲学

アオヤマ君はあらゆる物事を研究する科学の子です。しかし、科学の範疇外にある現象をいくつも目にすることで、自分の世界を広げていきます。

アオヤマ君は科学中心の世界を抜け出し、新たな世界(世界の果て)を知ることになるのです。

そのきっかけは、海など未知の事態との遭遇であり、お姉さんに対する感情の自覚です。

科学だけではどうしても解明出来ない問題がある。このことに気づいたアオヤマ君は、遂に科学以外の対抗手段を見出していくのです。

今後は他人の感情を即座に察知出来るウチダ君と研究を重ねれば、きっと哲学にも精通していくと思います。

観察出来ない物事への対抗手段も手に入れたアオヤマ君が、この先どんな成長をしていくのか非常に楽しみです。

「これは仮説では無い、個人的な信念なのである」というセリフは、科学の外の世界にも踏み入れたことを示す象徴的なフレーズで、アオヤマ君の成長が生き生きと現れています。

ブラックホール仮説

海の正体は球体ではなく大きな穴だったと判明し、ブラックホールを思い浮かべた人は多いのではないでしょうか?

相対性理論の本や、ペンギンエネルギーの式「E=mc2」といった描写があり、何かと相対性理論に結びつきます。

また、海を介して世界の果てへ辿り着くことは、ワームホールを通して遠くの何処かへ行く構造と似ています。

さらに、海の水面を越すとペンギン号のように飲み込まれてしまう描写も、ブラックホールの事象の地平面の特徴と類似しています。

海はブラックホールに近い存在だと言えるのかもしれません。

海の中に自動販売機

本作では、様々な場面で登場する自動販売機ですが、特に異様なのが海辺の町にある自動販売機です。

自動販売機は電気が必要で、中身を交換する人が居ないと機能しない機械です。

使えるかどうかは分からないけれど、人の気配が感じられる、そんな自動販売機がある世界の果ては一層不思議さが増す空間に見えます。

あの世界の果てには既に誰かが辿り着いていた。

自動販売機という微かな希望を信じて、アオヤマ君はまたお姉さんに会えることを信じるのかもしれません。

コーヒーはアオヤマ君の成長

コーヒーはアオヤマ君の成長を表すアイテムとして使われていました。

アオヤマ君の飲み物がメロンソーダから砂糖入りコーヒーに、そしてブラックコーヒーへと変化していきます。

徐々に大人に近づいていることが飲み物から読み取れます。

お父さんからコーヒーを貰った時には、あんなに苦い表情を浮かべていたアオヤマ君が、最後には海辺のカフェで、クールにブラックコーヒーを飲みながらお姉さんと話します。

決意を固めたアオヤマ君が立派でカッコ良い、印象的なシーンでした。

スタニスワフ症候群

歯科医院にて、アオヤマ君はスズキ君を怖がらせるために「スタニスワフ症候群」という嘘の病気を吹き込みます。

これは、小説『ソラリス』の作者で知られるスタニスワフ・レムから来ています。

小説『ソラリス』は、原作者の森見登美彦さんが本作の参考にしたと公言している作品です。

バスターミナル(終着駅)での出来事

アオヤマ君はバスターミナルでスズキ君に捕まり、自動販売機に括り付けられてしまいます。

その時のアオヤマ君は研究に行き詰まり悩んでいました。

しかし、バスターミナルに突然現れたお姉さんがコーラをペンギンに変えたことで、アオヤマ君の研究は再び進み始めます。

研究が再び走り出す場所としてバスターミナルはピッタリの舞台でした。

さいごに

今回は映画『ペンギン・ハイウェイ』を紹介しました。

綺麗なアニメーションや音楽をフックに、哲学的な要素も含めた奥深いSFの世界へと連れて行ってくれる最高傑作のアニメーション映画であり、夏休みの高揚感を味わえます。

また、その人が生きる世界によって捉え方も変わりやすい作品なので、ペンギン・ハイウェイの感想は誰かに聞くと、また違って見えて面白いと思います。

気になる方は、ぜひご覧ください!